古い楽書のミステリーを読み解き、楽器を演奏するのだ。
1月23日(土)、楽琵琶(がくびわ)の中村かほるさんのコンサートに行ってきた。
場所は代々木の森 リブロホール。
小田急線参宮橋駅から徒歩5分くらい。
新宿の高層ビルがちらりと見えてる。
リブロホールは録音スタジオに併設されてる。
音楽CDはこういうスタジオで収録して作られるのだ。
プロのアーティストが通うスタジオに来れるのは、特別感があってうれしいではないか。
ドキドキして、会場に入る。
楽琵琶って、こんな楽器なんだと感心する。
これが楽琵琶。ステージにあったので、すぐに撮らせてもらう。
私は実物を初めて見る。
まず目に入るのは、ボディの部分。
カタチが美しい。
あまりに美しいので、こっちからも
こっちからも、
撮ってみた。
飾って見て楽しむ工芸品みたい。
東京モーターショーで、まだ市場に出ていないコンセプトカーにかじりついて写真を撮っていた気分を思い出す。
「う~ん、いいね~、いいじゃないか~」と繰り返しココロのなかで呟いてる。
この曲線がなんともたまらない。
これを演奏するのか。
ほ~っと、しきりに感心していると、
リハーサルが始まった。
左が今日の主役、雅楽奏者の中村かほるさん。
右が石田百合子さん(古典文学研究家)だ。
楽琵琶の演奏方法が書いてある古楽書を読み解いていく作業を、お2人は続けてきた。
中村さんにとって、石田百合子さんは大切な恩師のような存在。
リハーサルを見ていると、その様子がわかり、ほのぼのとした気持ちになる。
コンサートでは、石田百合子さんが中村さんの演奏の合間に、楽曲についての解説をしていく。
緊張する空間に琵琶の絃がゆらぐ。
コンサートが始まった。
雅楽の楽器は少人数のホールが似合う。
来場のお客様は、古典文学研究者や音楽関係者。
場の空気が張り詰める。
静寂。
耳を澄ます。
琵琶の絃がつまびかれて堅い音がしてる。
会場に神秘的な空気が流れる。
ゆっくりとした動き。
演奏者はきちんとした姿勢を維持してる。
上半身がほとんど動かない。
琵琶の絃のゆらゆらした音の波があたりを漂う。
そして、気になったのは、絃を押さえたり、弾いたりする指や腕の動き。
撮影する側としては、かなり困る。
動きが少ないからだ。
もしかすると動きを少なくしてるのかもしれない。
どうしようかとカメラのモニターと実物を何度も見ていると、あることに気づいた。
正しいかどうかわからない。
そのとき、全くの雅楽ど素人の私はこう感じた。
もしかすると、音がないところも演奏なんだと。
普段、音があるところを注意して聴いている。
だけど、そういう聴き方にはこの楽琵琶の演奏はふさわしくないんじゃないかって。
西洋音楽と日本古来の雅楽とそもそも違うんだろうし。
音があるところ、音がないところ。
音がないところは、間(ま)なんだ。
(たぶん。)
正しいかどうかはわからない。
けど、音があるところ、ないところの両方に、
何かが存在するって思ったら、琵琶の曲がおもしろくなった。
楽琵琶は自分で演奏方法を探すのだ。
ゲストの石田百合子さん(古典文学研究家)が登場した。
中村さんと石田さんの出会いから話が始まる。
中村さんが琵琶の演奏方法を研究していくうち、難解な古文を理解する必要に迫られた。
そうして石田百合子さんに出会った。
異なる世界で生きてきた人間同士が、古典楽器の楽琵琶で導かれる。
毎月1回行われた中村さんと石田先生の勉強会の後、立ち寄るのは石田先生の仕事場近くのイタリアンレストラン。いつも座る席も同じ、注文する料理も飲み物も同じ。そのイタリアンの店長さんはよく気が効く方で、中村さんがお酒を飲めない、氷も要らないのを知っていて、テーブルにつくとすぐピーチティを持ってきてくれる。
ちなみに石田先生はお酒がお強い。(やはり。)
お二人の様子が目に見えるよう。
こういうエピソードが私は大好きだ。
気持ちがやわらぐ。
楽琵琶や古典文学に親しみが沸いてくる。
石田先生の古典文学ラブが爆発していく。
もう止められない!
中村さんも止められないのだ。
なにしろ、会場にいる人達も日本古典文学大好き、日本古典芸能大好き人間の方々。
皆さん熱心に聴き入ってる。
琵琶の弾きかたが書いてある教本『胡琴教録』を、石田先生は古典文学の観点から、中村さんは演奏家の観点から読解していった。
お話を聴いているうち、石田先生がインディ・ジョーンズに見えてきた。
石田さんのお話に、会場で私だけがついていけてない。
『鴨長明』『方丈記』『鎌倉』とか断片のキーワードだけ、ふむふむと。
(私のこころの中)
方丈記か。「つれづれなるまゝに、・・・?そのあと何だっけ?」
あとで調べたら、これは吉田兼好の徒然草だった!(恥ずかしい。)
方丈記は、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。・・・」だった。
楽琵琶は、誰かに弾き方を教わることができない。
これは、衝撃的!
奈良時代に大陸から伝わったという楽琵琶。
古来から限られた人から人へ、直接に演奏方法を伝えられる。
演奏中の姿は聴く者に見せられはしなかった。
屏風越しに演奏していた。
演奏方法を記す文献も僅か。研究者も少ない。
楽琵琶の演奏者も途絶えてしまった。
だから自分でどんな風に演奏するのかを調べることから始まる。
なんともミステリアス。
石田百合子さんは、“伝える(伝統芸能を後継者に)”ことに自分は興味があると言っていた。
”秘すれば花”
石田さんの話が秘曲の説明に入る。
今回のコンサートの演奏曲は、中村さんオリジナル曲と“秘曲”からなる。
秘密の曲なのだ。
本来、演奏している姿を聴く者に見せてはいけない。
これは”秘すれば花”という有名な一節と共通するのだそう。
(コンサート当日の私は知らないことばかりで非常にあせった。家に帰って映像を見ながら、ググって調べてみたら、こんなことがわかった。)
この”秘すれば花”は世阿弥の『風姿花伝』の一節。
「隠して秘密にするからこそ、素晴らしい。」という意味。
このあたりが日本の美意識なんだと思う。
”隠す”とは、現代に逆行する考えとみえるかもしれない。
”情報の共有・透明化、不正・ごまかしをしない”こと、
明らかにすることとは正反対の言葉。
”隠す”は、私も印象がよくない。
食品偽装などが巷を騒がせている。
けど、まったく意味がちがうのだ。
”隠す”、相手に見せないことで、相手を感動させる。
演出の方法のようだ。
楽琵琶CDを収録した温井プロデューサーが登場。
今回のファーストアルバム『ゆすら』楽琵琶秘曲と小品をスタジオ収録した、グリーンフィンレコーズのプロデューサー、温井亮さんが紹介された。
CD収録時のエピソードのお話が披露される。
温井亮さんは、元大手レコード会社の制作出身。
『小沢昭一の日本の放浪芸』復刻アルバムをはじめ、クラシック、オペラ、シャンソン、日本伝統音楽、沖縄音楽、津軽三味線まで、アコースティックな音楽を中心にCDアルバムを多数収録制作してきた。
今までに作ったCDの数は復刻盤編集盤なども加えると数百枚とも。
この人、日本古典楽器収録のスペシャリストなのだ。
CD『ゆすら』は、このホールの上にあるスタジオで収録した。
スタジオ内に何本もマイクを立てている様子に、中村さんは当初驚いた。
温井さん「音がスタジオ内に反響します。写真のピントがあうように、音が集まるポイントがスタジオ内にある。その地点にマイクを立てて録音していました。」
これまた面白い話が聴けて、うれしい。
秘曲を聴ける体験に酔う。
秘密にしないといけない演奏。
なかなか見る聴く機会がない楽琵琶の演奏会を、来場の方々は満喫したようだ。
コンサートが終わり後片付け。
気になるものを撮影した。
ガッティのMUSIC CAFE~雅楽奏者編
楽琵琶の演奏家 中村かほるさんに聞いてみた。
ガッティ「秘曲って、どんな曲ですか?」
中村かほるさん「譜面はあるけど奏法がわからないんです。伝えるひとが途絶えている。復曲といって、演奏法を自分で調べて演奏します。自分はこのように解釈しますと。だから演奏者によって、解釈が違うので演奏方法も変わるのです。」
ガッティ「小さい頃から古典芸能とか琵琶が好きだったのですか?どんなきっかけで楽琵琶を始めたのですか?」
中村さん「元々は、国立音楽大学でピアノを勉強していました。クラシックです。大学在学中に琵琶の演奏に出会って雅楽を学ぶようになりました。ある時、世界最古の琵琶の譜面の演奏をCDで聴いたのです。その琵琶の演奏を聴いて、私、これを弾きたいって。(のちにその琵琶を演奏していた先生に師事することになる。) 今でもそのときのことは覚えています。」
ガッティ「楽琵琶の演奏家をされていて、大変だなと感じる時はどんな時ですか?」
中村さん「演奏家によっていろんなタイプがあると思いますが、私の場合、曲を作るときは集中したいので、外からの情報をシャットアウトします。他の方の作品から影響されないように。自分の中で生まれたものでつくりたいので。他人の曲を聞くとブレてしまう。琵琶の作曲だけでなく、舞を作るときも同じです。閉じこもるわけではなくて、気分的に集中したい。」
中村さん「楽琵琶のオリジナル曲『山桜桃(ゆすら)』は、父、妹、大切な人のために書いた曲。元気で心が安らかに、安心してほしいという気持ちを込めて作りました。」
「『Sango~三五~(さんご)』はずいぶん前に作った曲。“三五”は、三尺五寸で琵琶の意味。自分が持つ琵琶のイメージで書いた。琵琶を演奏する上で、特に古典こだわるわけではなく、自分が琵琶にもっているイメージやこんな音楽がほしいなって思うことを曲でつくりたい。」
ガッティ「お仕事をされてて、うれしい時はどんな時ですか?」
中村さん「私は舞もするのですが、自分のつくった舞を他の方が舞って下さるとうれしいです。こんな風に舞って下さるんだって。」
中村さん「このファーストアルバムが出来たときもうれしかったです。」
「CDをつくるのは初めてだったので、(横にいる温井Pに向かって)、ねぇ、大変だったわねぇ。」
ガッティ「CD収録の日数はどれくらいかかったのですか?」
温井プロデューサー「収録は1日で済みました。準備に時間がかかりました。」
中村さん「収録では温井さんとお互いに言いたいことをぶつけあっていました。大変な思いをして、だんだん出来上がってきた曲を聴いたときが嬉しかった。その時、最後に出来上がった曲『Sango~三五~(さんご)』を聴いたとき、感激しました。すごく大変だった分、幸せでした!」
古典芸能の楽しさを琵琶が教えてくれるのだ。
日本古来の芸能、雅楽。
神秘のベールに包まれた楽琵琶。
1,200年以上前に日本に渡ってきた楽器。
聴いたことも見たこともなかったけど、とっても面白かった。
なじみがない楽琵琶、雅楽、日本古典文学の世界。
楽琵琶の演奏だけでなく、石田百合子さんの解説を聴けたことで、中村かほるさんが演奏家として楽琵琶に向き合っている姿が垣間見れた。
日頃、知ったつもりでいた“音楽”。
その音楽にもさまざまな世界があることを体験させてもらえた。
いや、音楽ということばには当てはまらないのかな?
楽琵琶は、きっとエンターテイメントなんだ。
録音手段がなかった時代、古典芸能は演者(アーティスト)から直接受けとる、その時、その場、一度きりの感動体験だった。
古典芸能の世界を楽しむと、日本の文化をもっと楽しめるようになるのかもしれない。
楽しいことが増えるんだ。
そんなことを感じた。
むやみに聴かせてはいけない楽琵琶の秘曲。
弾けることを言うのもみっともないこと。
それを紹介する記事なんて書いてバチでも当たりはしないか、ちょっと心配したが、どうも大丈夫みたい。
だって平安・鎌倉時代の楽琵琶の演奏家の人達は、中村かほるさんが現代で活躍してくれるのをきっと喜んでる。
中村さんのような人達が後世の人達に伝えていくんだから。
そうして楽琵琶、日本古来の古典芸能の雅楽が生き残っていく。
さぁ~て、私は最近本を読んでないし、アマゾンで、世阿弥の『風姿花伝』でも買って読んでみようかな。
(わかりやすい本探さないと。(;^_^A アセアセ・・・)
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中村かほるさんのファーストアルバム『ゆすら(楽琵琶秘曲と小品)』
定価2,000円(税別)
CDの購入はこちら↓↓↓。
武蔵野楽器WEBサイト
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中村かほるさんの最新ニュース・プロフィールなどの情報は公式サイトを見てくださいね!
中村かほる公式WEBサイト
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ファーストアルバム『ゆすら(楽琵琶秘曲と小品)』を作ってるのが、温井亮プロデューサーのグリーンフィンレコーズです。
私のお気に入りレーベルです。
Greenfinrecords Facebookページ
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取材をさせて下さった中村かほるさん、石田百合子さん、温井亮さん、代々木の森 リブロホールの皆さん。
ありがとうございました。楽しませていただきました!
最後に、この記事を読んで下さったあなたに。
感謝です!Thanks!
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今回の取材で使用したカメラは、オリンパスXZ-10(コンパクトカメラ)です。
静止画・動画を撮影しました。
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